パイプスモーキングの醍醐味は様々な個性のtobaccoの味わいが楽しめることです。
あまりに種類が多く、味わいや特徴が忘却の彼方に消えてしまったものも多々あり
自分の備忘録のためにテイスティングノートをつけ始めました。

パイプ葉は個人の嗜好性や飲み物、時間帯、体調、パイプによってもかなり変わります。
なるべく主観に流れないように書くよう注意は払っているつもりですが、あくまでも参考程度にされてください。お役に立てれば幸いです。
ついでにシガーやRYO、ウイスキーについても少し触れています。
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2014年12月18日木曜日

ウイスキーのこと

 自分語りになってしまいますが、僕はパイプと同じぐらい、ワインとウイスキーが好きです。
でもワインはパイプとはあんまり相性は良くないのです。

料理と同じで、やはりワインも美味しくいただくには煙関係は少し断つ必要があります。それで15年間の禁煙期間、もっぱらワインを楽しんできました。

その点、ウイスキーはとてもパイプ(やシガー)と相性が良く、パイプを復活してからウイスキーを飲む機会も自然と多くなりました。

折しもNHKの朝の連続ドラマ「マッサン」の放送や、サントリー山崎シェリーカスク12年(2013)が英雑誌主宰の大会(ワールドウイスキーバイブル2015)で世界一になった影響で、ウイスキーがとても人気だそうです。

「マッサン」はニッカの創立者にして日本のウイスキーの父、竹鶴政孝と竹鶴リタ夫人をモデルにした話です。
学生の頃、J.W.ニコルの文章やお酒の辞典を通じて竹鶴政孝の名前やニッカのウイスキーづくりの哲学に触れて以来のニッカファンで、マッサンも楽しく見ています。

ところで僕が初めてウイスキーに触れた頃はサントリーオールドとスーパーニッカ全盛の頃で、本格的なシングルモルトの山崎が出始めの頃。しかし当時のオールドやスーパーニッカは高級酒、山崎に至ってはもはや無縁の世界、学生にとってはサントリーホワイトやキリンNEWSなんていうのがもっぱらでした。

もっともそれらの安価なウイスキー()は水割りにして辛うじて飲めるようなものでお世辞にも美味いとは言い難いものでした。これでウイスキー嫌いになってしまう友人もけっこういました。


僕が初めてウイスキーをはっきりと美味いと認識したのは「カティ・サーク」というブレンデッド・スコッチでした。

このウイスキーはとてもスムーズで品の良いお酒で、初めて口にした時はなんと美味い酒なんだと感動したものです。
マイナス10度を下回る冬の厳しい盛岡での生活、寝る前にはこれをストレートであおってから眠りに就いたのを今でも覚えています。
現在のカティサークはやや味が落ちたと言われていますが、それでもウイスキーが初めての人におすすめしたい、素晴らしいウイスキーだと思います。

カティ・サークでウイスキーの味を覚えた僕は、その後学生の身分でも買える手頃な値段のウイスキーを探し続け(当時は輸入酒と国産酒の価格差が倍以上あったため)、「ハイニッカ」「ブラックニッカ」そして「ピュアモルト」と立て続けにニッカのウイスキーにハマってゆきました。


Japanese Whiskyはその頃に比べたら本当に美味くなりました。これは日本酒にも焼酎にも、そしてもちろん本場のスコッチにも言えることなのですが、銘柄は同じでも30年前とはまるで別物のウイスキーも少なくありません。

中でもニッカやサントリーのピュアモルト群は、本場のスコッチモルトにひけをとらないほどの深い味わいと個性を持つようになりました。


ワインもウイスキーも好きですが、詳しい訳でもなく細かいテイスティングやソムリエを気取ったようなことには興味はありません。
ただパイプ葉の事についてあれやこれや書くようになって以来、お酒についてもせっかく飲んで美味しかった記憶をただ消えるに任せるのが惜しく、文章にして残しておきたくなりました。

そんな訳でパイプtobaccoのレビューに紛らせながら、飲んだお酒についてもウイスキーを中心に少しずつ書いてみようと思います。

さほど珍しい(高い)お酒には巡りあう事もないかもしれません。
それほど気の利いたレビューが書けるとも思いません。
まあそれはそれとして思い出と出会いを大切に一期一会を書きたいと考えています。







2014年7月29日火曜日

パイプの初め

昔の子供はパイプに憧れたのです。
子供がどうしてパイプに憧れるのか、それは一にも二にもテレビの影響とパイプの形をした入れ物に入ったラムネ菓子のせいです。
ちなみに「シガレットココア」なる駄菓子や、まさにシガレットのような紙で巻かれたタバコ状のチョコレートもありました。

なんたる洗脳!

いけませんねえ。今なら消費者庁や市民団体が黙ってはいません。


大人になって実際にパイプに手を出す人は本当に少ないのですが僕はそうではありませんでした。
大人になったらきっとパイプをやるぞ!と心に誓っていました。

で、大人になりました。まだ学生でしたが本人は十分大人のつもりです。
遂にパイプを燻らすその日がやってきました。
もちろん周りにパイプスモーカーなど一人もいません。

学生の頃、稼いだばかりのなけなしのバイト代を握りしめ、パイプと何種類かのパウチの葉っぱを買い込みました。パイプはローランドのビリアード。
今も昔も「カタチから入る」ということができなくて、とりあえず見よう見まねで自分自身で試してみないと気がすまない。
手当たり次第、とりあえずやってみる。
そこから本質のどまんなかに切り込んて行くのが好き。

だから「やり方が分からない」なんてものではありません。セオリーやコツがあることすら知りません。当時は親切に教えてくれるネットも本もありませんでしたから。

おもむろにパウチの中にパイプを突っ込んですくい、はみ出た分は指で押して(タンパーというものの存在も知らずに!)ターボライターで火をつける、シガレットよろしく盛大に煙を吸っては吐きをやる、煙い、熱い、火がすぐ消える、ボウルを焦がす、さっぱりうまくいきません。もちろんあっというまに口の中が痛くなってきます。

それともうひとつ、肺に入れるのか入れないのかも分かりません。なんとなく「肺には入れないらしい」というのはどこかで聞きかじっていたのですが、肺に入れないというのは一体どこでニコチンを摂取するのだろう?と不思議でしかたありません。

しかし不思議なもので全くの予備知識なしでも一ヶ月もするとなんとなくコツというか、舌を焼かない方法、火を一分でも長く持たせる方法というものがなんとなくわかってくるものです。タンパーの存在は知らなくても、鉛筆のお尻で葉っぱを抑えてみたりバイクのボルトを使ったり。

そうこうしているうちに10回に1回ぐらいはパイプの煙が甘くてアロマに陶酔するという感覚を味わえるようになってきました。

それでもこの頃はやはり「タバコ=ニコチン」という先入観が頭の中を支配しており、パイプでせっかく良い喫味を味わうことはできても満足感は得られず、一服となるとシガレットの肺喫煙から逃れることはできません。次第にパイプでも肺喫煙をするようになりましたが、そうなるとパイプはいがらっぽいばかりでちっとも美味しくないのです。

この頃次第に禁煙運動が大きくなりつつありました。パイプの煙は特に嫌われていました。実際には煙の量も臭いもシガレットに比べたらなんてことないのですが、嗅ぎなれないにおいにはみんな敏感に反応するようで、とても人前ではおおっぴらに吸えない雰囲気も出てきました。
もっとも二十代の若造がパイプを咥えているだけで奇異の眼差しなんですけどね。

そんなことや就職する頃にはすっかり忙しくなったこともあり、一旦、僕のパイプライフは終了を迎えます。









2014年7月6日日曜日

tobaccoの薬理作用に関するメモ(4)

4. ヤニクラと一酸化炭素

喫煙自体、積極的に勧める気はありませんが、もしも今、どうしてもタバコを始めたいと言う人がいたら、こう言います。
「パイプかシガーにしたほうがいいですよ。」
まあ、どっちにしたって身体にいいとかそんなことはないし嗜好品ですから無理強いはしませんが。

紙巻きタバコを喫した時と、パイプorシガーの時は、明らかに身体的反応が違うのです。

例えばパイプを喫している最中は、ちょうどお酒を飲んだ時のように軽い酩酊感があります。頭はハッキリしています。先述した通り瞑想のような状態です。

紙巻きの場合は、喫している途中からなんとなく頭の芯がぼんやりしてきます。そして喫煙後しばらくそれが続きます。

「ヤニクラ」という言葉があります。ニコチンが強すぎて一時的にニコチン中毒を起こして、目眩や吐き気を催すことを指して言います。
紙巻きタバコの場合、肺喫煙のためにニコチン摂取を無意識にコントロールしにくくなり、急激に血中濃度があがるために特に吸い始めて間もない人はそうなる傾向があります。

でも、ヤニクラって、ニコチンだけなのだろうか?と思います。
どうも生まれて初めてタバコを吸った時のあの目眩と、吸いすぎて起きる気持ち悪さは、別物のような気がするぞと。

一酸化炭素。

紙巻きを肺喫煙していた頃、友人達と徹夜で麻雀をしたり飲みに行くとつい本数が増え、そのたびに体調を崩していました。吐き気こそありませんが、頭痛や肩こり、関節痛まで起こしていました。
私は元々麻雀は弱い方ではないのですが、前半一人勝ちしておきながら、長期戦になると後半で大負けするクセがありました。粘りの問題もありますがやはりタバコの煙にまみれているうちにどうしてもカンが鈍ってくるのははっきりしていました。
初めはこれを、ヤニクラ、つまりニコチン摂取のし過ぎだと考えていました。

ところがパイプを始めてすぐに、それがニコチンのせいではないと考えるようになりました。パイプではどんなに量が増えても、極端な話一日中咥えていても全く体調に変化がないのです。

余談ですが、その後麻雀から遠ざかり、タバコもすっかりやめてしばらく経った頃、誘われてしばらくぶりに麻雀をしてみたら半荘4回全て一人勝ちでした。タバコは麻雀にはよくないですね!

「目眩」「吐き気」は急性ニコチン中毒の典型的な症状ですが、もしも「頭の芯がぼんやりする」「肩こり」「頭痛」「関節痛」が出てきたら、明らかに一酸化炭素と酸欠のせいです。

もちろんパイプの葉が一酸化炭素を出してないと言うつもりはありません。
物が燃える時は必ず一酸化炭素を出します。
しかし紙巻きタバコの紙や葉が燃焼時に出す一酸化炭素は、tobaccoの葉自体が出す一酸化炭素に較べて桁外れに多いのです。
そして一酸化炭素は例外なく肺から吸収されます。

一酸化炭素は、喫煙という行為の中で摂取する物質の中で最も有害性の高い物質です。
「認知症はタバコも酒もやらない人に多い」「ニコチンは認知症を予防するのでは?」という報告や臨床例がある一方で、今だに「喫煙者は認知症になりやすい」という医学的常識が厳然とあり、認知症を発症している人がタバコの火を管理できなくなって怖いという話を聞くことが多いのは、紙巻きタバコの一酸化炭素によってニコチンの薬理が帳消しになっている部分も無視はできません。

ニコチンは血管を広げます。しかし一酸化炭素は血管を収縮させます。この矛盾した影響が身体に大きな負担をかけます。
さらに一酸化炭素は肺で吸収されやすく、血中のヘモグロビンと結合して脳の酸素濃度を下げ、思考力をすっかり下げてしまいます。
これが冒頭で書いた、酩酊とは明らかに違う「頭の芯がぼんやりしてくる」感覚の原因です。
「ぼんやり」の度合いを上から順に並べてみると


  1. 市販の紙巻きタバコの肺喫煙
  2. (RYO)シャグタバコとヘンプペーパーの肺喫煙
  3. 市販の紙巻きタバコの口腔内喫煙
  4. (RYO)シャグタバコとヘンプペーパーの口腔内喫煙
  5. パイプの肺喫煙(通常はやらない)
  6. シガーの口腔内喫煙(肺喫煙はシガーにはありません)
  7. パイプの口腔内喫煙


一酸化炭素を吸いたくなかったら、あるいはヤニクラや頭痛を起こしたくなければ、肺喫煙はやめてなるべく口腔内喫煙で味わえるtobaccoを選ぶことをおすすめします。



2014年7月5日土曜日

tobaccoの薬理作用に関するメモ(3)

3,インスタントメディテーションとしてのtobacco

広く信じられていることの一つに「タバコを吸うと覚醒する」というのがあります。
しかし厳密にはこれは誤解です。
実際には喫煙時は酩酊や鎮静します。
覚醒感があるのは、喫煙後だいぶしばらくしてからです。
パイプやシガーなどの口腔内喫煙をすれば、これが如実に分かります。

私は少しだけ瞑想の心得がありますが、喫煙はこの瞑想の状態ととても良く似ているなあと常々感じます。

瞑想はその最中は鎮静や酩酊に近い状態です。そして瞑想から抜けてしばらくしてから強い覚醒感を感じてそれが数時間続きます。

パイプやシガーの、ヘヴィスモーカーほど喫煙中は口数が少なく、また喋る速度が遅い傾向があります。それでいてぼんやりしている訳ではないのです。外界との情報が遮断され、内観が進む感じです。
まさに瞑想と同じ状態です。
ニコチンが切れた後(たぶん)は頭の回転はより速くなり明晰です。

喫煙=覚醒
ではなく
喫煙=瞑想状態〜のち覚醒

瞑想には修練や様々な条件が必要ですが、喫煙は非常に簡単です。
tobaccoを楽しんで喫すれば良いだけです。


ところでよく、タバコを吸うようになるとどんどん天井知らずに本数が増えていって依存症になるなどと言う人がいますが、それは明らかな間違いで、ニコチンの要求摂取量は耐性によって際限なく増えるのではなく、体質によってあらかじめ単位時間あたりの上限が決まっています。

例えば紙巻たばこで言えば20本/日を吸う人は、将来30本や40本になるのではなく、予めその人の体質でおおよそ20本程度と決まっているわけです。もちろん当初はこの本数に至るまでは推移があります。が、上限はほどなくやってきます。これは肝臓の代謝処理能力の差です。アルコールの分解能に個人差と耐性があるのと似ていますが、ニコチンの代謝能力はアルコールとは違い、その人が元々持つ肝臓の処理能力を越えて増えたりしません。

ニコチンが代謝されると、コチニンという物質に変わります。
コチニンは薬理作用がないとされていますが、瞑想〜覚醒のメカニズムは、このコチニン代謝が大きく関与しています。
近年、コチニン代謝の際に覚醒が起きるとする臨床報告がされるようになってきました。
ただアセチルコリン受容体との関連はないようだということは分かっているので、どうやら未知のメカニズムによって覚醒を促しているものと思われます。その効果は緩やかで持続性のあるものです。

喫煙者の実感としても特にパイプ喫煙、シガー喫煙者の場合、喫煙終了から数時間後にかけて集中力や記憶力の向上を経験する人が圧倒的に多い事から、ニコチン〜コチニン代謝が覚醒に深く関与していることは間違いなく、この事はいずれ実証されてゆくのは間違いないでしょう。

最近、ニコチンにはアルツハイマー病、パーキンソン病を予防、改善する薬理作用があると近年言われ始めています。これは20年ほど前に発表されていながら研究費の出処などから信ぴょう性に乏しいという理由で一旦否定された話です。最近また臨床でその効果が報告され始めています。

父が認知症になって以来、アルツハイマーやレビー症、ピック病、し銀顆粒性などについて調べていくうちに、認知症のメカニズムは喫煙による瞑想〜覚醒と真逆のルートを辿っているのだということが分かって来ました。
認知症は、アセチルコリン分泌が不足したり、アセチルコリン受容体にタンパク質の一種が詰ってしまい、アセチルコリン受容〜ドーパミン放出ができなくなり、うつ、記憶障害、脳細胞の萎縮に至る恐ろしい病気です。

認知症の患者は甘いものを非常に強く欲しがる人が多いのですが、これは脳内でアセチルコリンのやりとりができなくなってしまった状態で脳が本能的にドーパミンの放出を要求し、そのために砂糖を欲しがるためです。
糖を摂り過ぎると脳細胞はさらに不可逆的に萎縮を起こし始めるので糖分摂取は管理しなければならないと云われていますが、糖分摂取で一時的にはドーパミンが放出され多幸感もしくは安堵感は得られます。

目に見える効果は糖もニコチンも同じです。
ところが糖の場合、ドーパミンを放出するメカニズムはアセチルコリン系とは全く関係ないところにあるので、結果としてアセチルコリン受容体はますます用がなくなり、アセチルコリン放出も受容もなくなってしまうのです。これはドラッグのメカニズムによく似ています。

ニコチンの場合は直接ドーパミン放出や再吸収阻害はしません。その代わり常に受容体にフルに働きかけ、受容体を活性化すると云われます。結果として受容体が徐々に増えていくとも言われます。


ただしこの薬理に関して思うのは、パイプ、シガーなどの口腔内吸収に限る話ではないかという実感があるという点です。これが紙巻きタバコの場合も果たしてその通りになるのか、また薬理以上に良くないデメリットを、喫煙者自身も多く感じている故に、紙巻きタバコが主流の現代では決して広く支持される話ではないだろうなという気もしています。

喫煙の効能や薬理を考える時、やはりどうも紙巻きタバコとパイプ/シガーとでは全く別物の様な気がして仕方ない事例、現象が多いのです。




2014年7月3日木曜日

tobaccoの薬理作用に関するメモ(2)

2,禁煙うつだけじゃない

長年喫煙していて禁煙した人は禁煙1〜2年以内にうつを経験する確率が高い。

私はこのことを2000年ごろから公言していましたが、当時は全く信じられていはいませんでした。むしろ喫煙者はうつになるとか、禁煙して性格が明るくなったとか、そんな誤った情報ばかりでした。

十数年経過した今では禁煙うつ期間があることは常識となっています。
喫煙習慣から抜け出す時の禁断症状の中では、このうつが最も厄介です。


うつの原因として、喫煙習慣自体がアセチルコリンの分泌を減らしたりアセチルコリン受容体数を減らすからだという説がありますが、これは間違いです。

もしもそうであれば、喫煙者自体や禁煙直後から深刻なうつや脳細胞の萎縮が起きているはずです。実際にはそうはなりません。むしろうつが発現してくるのは、タバコをやめて久しい、もはや依存からは完全フリーのはずの禁煙半年〜1年目以降からです。

実際のところ喫煙習慣自体はアセチルコリン受容体の数を増やします。
禁煙後に、それまでに増えた受容体を賄うだけのニコチン供給がストップしてしまったために、サボっていても良かったアセチルコリンの分泌が急激に必要になることは確かです。しかしそれはすぐに復活し補われます。離脱症状が数日で消えるとはそういうことです。

やっかいなのは、復活したといっても喫煙していた時期の分までアセチルコリンが増えるわけではないという点です。そのことはつまり、それまでニコチンの影響で増えた受容体の分だけ、アセチルコリンが足りなくなるということを意味します。

受けるものがなくなってしまった受容体はどうなるのでしょうか。それは違うものを受け取るか、死滅するかのどちらかしかありません。

違うものとは、我々が普段「ストレス物質」と呼んでいるものです。

喫煙(禁煙)とうつの本当の関係性は、より社会学的、心理学的な側面からも論じないと説明がつきません。近年うつの患者の実数が増えていることとも深い関係があります。

人間は強い心理的ストレスを受けた際、強い毒性を持つ物質が発生します。詳細については割愛しますが、簡単に言うとコルチゾンというホルモンやアセトアミドと呼ばれるものなどで、通常はリンパ節や肝臓でデトックスされるのですが、許容量を超えると体内蓄積が始まります。これはガン細胞を作り出したりアセチルコリン受容体にアセチルコリンやニコチンとは全く逆の作用を持つドーパミン抑制物質として働き、脳細胞の萎縮を引き起こします。
ニコチンは適切なドーパミン脱抑制を通じてこの許容量を超えた分が受容体と結びつくことを防ぎ、さらにそれによってストレス物質のキレーションまでしてくれるのです。

喫煙はストレスの軽減に大きな効果があることは医学的にも証明されていますが、喫煙者はそれまでこのストレスの解消をほぼニコチンに頼っていたために、禁煙後にそれに匹敵する方法を見出す事が難しい傾向があります。それだけニコチンの効果が強いという事です。

喫煙者がタバコを吸わないとイライラするというような話がまことしやかに言われています。実際喫煙者が短時間の断煙でイライラするのはニコチン切れによるものではなく、後述するコチニン効果によるもので、覚醒が進んだ状態です(コチニン効果は医学的にはまだ証明されていません)。
それよりも、禁煙後1年以上経過のイライラの方がより強く、対人許容度が著しく低下していることの方に注目しなければならないと思います。

禁煙によってストレス物質がデトックスされずに蓄積し始めると、徐々にストレスの発生源に対して強い警戒心や拒否反応が本能的に起こります。
これが長期間に渡って続くと、うつが発現するのです。うつとは社会的ストレスからの隔絶であり、身体と心がホメオスタシスを取り戻すために起こすための最終反応です。

しかし、実のところ、禁煙だけがうつの原因なのでしょうか。
私はむしろ喫煙経験のない人がうつになった時に、そもそも人間が本来の社会生活では失わなかったはずのものを、喫煙習慣を持たないことで失いつつあるのではないかと感じるのです。

それは打たれ弱い人があまりに多くなったと感じる事と関係があるようです。
いや、打たれ弱いというよりも、今までならうつになってもおかしくなかった社会的ストレスの多くは、喫煙で対症療法的に「簡単に」解消されていたのではないのか?ということです。

ゼロストレスで社会と向き合うことは不可能です。
ルネサンス以降の文明の飛躍的発展と産業革命、現代に至るまで、私達の社会的抑圧やストレスは増す一方です。その傍らでtobaccoは常に人間に最も身近な頓服としての歴史を歩んできました。

そのピークは紙巻きタバコが世界的に普及した第二次世界大戦後まもなくのことで、成人男性の実に80%以上が喫煙者となる時代がありました。世界的に驚異的なスピードで戦後復興を成し遂げた裏には、ストレスや無理を強いて励んだ労働があります。そのストレスを人々はタバコやお酒で癒やしたのです。

時間刻みのスケジュールで動かなければならない現代社会において社会的心理的ストレスなしで生きることは100%不可能と言っていいでしょう。
もしもこのまま喫煙人口を減らしながらうつも減らしたいのなら、労働時間を現在の半分程度まで減らし、経済活動のスピードを緩めれば緩めるほど発展する文明を創りださなければならないでしょう。


ニコチンは、ドーパミンの抑制及び脱抑制の両方を行います。そのために常に人間の活動を促すために必要な量のドーパミンとセロトニンの生産を適正に保つ薬理作用があります。他の薬物のような、いたずらにアセチルコリンの代わりにドーパミン放出の指令だけを出すのではないのです。
問題は、禁煙後はニコチンの補佐がないので、そのバランスが崩れやすくなるということと、ニコチンに匹敵するような適切なドーパミン放射の方法を見出しにくい事にあります。

禁煙うつから脱するのに最も効果的な方法は、全くもって楽しい事ばかりの牧歌的な生活を送るか、筋力負荷の高い運動を継続的に行うか、断食、玄米食療法、瞑想のいずれかです。

でもそれは喫煙習慣が新大陸から入ってくる以前の精神生活に戻るということも意味しているかもしれません。



2014年7月2日水曜日

フレイクのラブドとキューブカット

「Flake(フレイク)」とは、簡単に言うと薄い板状になったtobaccoのこと。
収穫されたtobaccoは何枚にも積層化され圧縮加工されてCake」とか「Plug」と呼ばれる大きなブロックの状態で保存されます。これは嫌気熟成のためです。それを縦に薄くスライスしたものがフレイクです。ハードタイプのチーズやプンパーニッケル(ドイツの100%ライ麦パン)のような形状です。フレイクはこのままではパイプのボウルには入りません。


イギリスtobaccoはどんな形態にせよおしなべてかなりモイスト(湿っている)なのが特徴です。それは喫煙者のことを考えてというよりは、加工上の都合のほうが大きいと思います。
もちろんこの特徴は喫味にも大きく貢献はしているのですが、同時に着火性や火持ちの悪さにも繋がっています。ただ昔の資料を見ると「スポーツ時に良い」というような宣伝文句を見ることがあります。確かにフレイクをそのまま折りたたんで詰めると、屋外の風が吹いている場所でちょうどよく燃えてくれます。もっとも缶から出してそのままではいずれにしても火が付くことはありません。そこで取り出してからしばらく乾燥させることになるのですが、フレイクのままだと2〜3時間、ほぐしても最低30分は必要です。乾燥というか、室内の湿度になじませると言った方が正確かもしれません。

その後でパイプに詰めるために折ったりちぎったりほぐしたりします。
その方法は人によって様々な方法があり、本来は4つ折りにして捻りながらパイプに詰め込んで喫う方法です。
この方法が最もフレイクの味をしっかりと味わえる方法です。ただ、これをマスターするには詰め方のコツが要ります。
失敗しない方法としてもっともポピュラーなのは、左写真のように、少しだけほぐし、さきイカのように縦に裂いた後に2つ折り3つ折りにしてパイプに詰めていく方法です。「Broken Flake」と呼ぶそうです。これは例えばマクバーレンのヴァージニアNo.1がパウチに「Ready Rubbed」(揉んであるからこのまま詰められるよ)の形態で入っているのに似ています。私はこの方法で喫うことが一番多いです。
人によってはさらにこれを念入りに指で裂いて揉んでリボンカット(よく見るtobaccoの葉の形状)状にする人もいます。



火付きや火持ちが極端に良くない場合などは、少し時間はかかりますが、やや粗めに縦に裂いたものを、左写真のように、ハサミで切ってキューブにしてしまいます。この方法は昔パイプを始めた頃読んでいたイギリス文化について書いた本に「ソフィストケートされた方法」として紹介されていた方法です。本当かどうかは知りません。作業はややメンドクサイです。

半面「火付きのために念入りに揉みほぐす」ような方法に比べてメリットが多い方法でもあります。キューブカットはほぐして詰めていくのではなくキューブのままボウルにパラパラと入れて喫します。葉の密度を一定にしやすく、乾燥時間もほとんど要らず、火持ち良く味もマイルドでモイストを保ったまま安定したスモーキングが可能です。スロー&クールスモーキングが容易に実現でき、マイルドさもtobaccoが持つ香りやアロマもキープしやすい特徴を持っています。欠点は序盤ちょっとした衝撃で火種や灰が飛びやすいことです。ですから屋外向きではありません。

キューブカットの状態で売られているtobaccoは世の中にはあまり存在しませんが(日本で買えるのはおそらく1社2種)、要するに最後のパッキング段階での作業工程の違いだけですから、フレイクtobaccoなら全てキューブカットにして喫うことができます。

tobaccoの薬理作用に関するメモ(1)

1,tobaccoの依存性は、喫煙方法やtobaccoの種類によって全く違う


tobaccoの薬理と言っても、それは殆どニコチンの薬理とイコールです。
そしてニコチンを語る上で絶対に外せないのはニコチンの依存性についてです。

ニコチンは最近は物凄い依存性があるような誤解をされていますが、医学的にはニコチンそのものには、軽い精神的依存性(離脱期間約数日)はあっても身体的依存性はないと言われています。

しかし実際には、レディ・メイド・シガレット(市販のいわゆる紙巻たばこ)の禁断には倦怠感や焦燥感というハッキリとした強い身体的依存性があります。しかも数日続くことがあります。
またシガレットの精神的依存(吸いたいという衝動)による離脱期間は確実に数週間から一ヶ月ほどかかります。これも先述した本来のニコチンの離脱期間とされている「数日」とは非常にかけ離れた実情です。

これはシガレット特有の現象です。

パイプやシガーの場合、身体的症状も精神的症状も全く起きないか、起きたとしても軽い精神的症状、しかもそれが起きるまでの間隔がシガレットとは比べ物にならないほど長いのです。
依存性がないわけではありません。ただパイプスモーカーは、丸一日吸わなかったとしても平気だと口をそろえて言います。シガーだけを嗜む人に至っては、半月に一本というようなペースの人も珍しくありません。


どうしてこういう事が起きるのでしょうか。
このことはシガレット特有の、肺喫煙を行うことで生じる気管と肺への刺激と、急激でダイレクトなニコチンの吸収に関連性があります。

シガレットを深く吸い込み、煙が気管支から肺にかけて駆け抜けた時に「カッ」という感じの強い刺激を感じます。これはタールや添加された香味によって起きる刺激です。その刺激自体には本来は何の意味もありません。

ところが「タバコが吸いたい」という衝動が起こった時、多くはこの深呼吸と「カッ」という刺激そのものをイメージして喫煙場所を探しています。これをトリガー刺激と言います。

実際に肺喫煙した場合、この深呼吸と「カッ」の刺激の次の瞬間、ニコチンが急激に肺から吸収され脳に運ばれ、神経伝達系がドーパミン放出を助けます。この間数秒。この時トリガー刺激と実際の快楽の連携が起きています。

トリガー刺激があり、そこから吸収〜ドーパミン放出までの時間が短く直接的で、かつ強いと、人はドーパミン放出物質への依存だけでなく、トリガー刺激そのものが脳にドーパミン放出の指示を出すのです。その結果、トリガーに依存します。

ニコチンに限らずトリガー刺激は、その依存症になった人にとっては身体的依存性を引き起こします。一種の催眠状態です。

ニコチンがあろうがなかろうが、とりあえず気管へのトリガー刺激を求めてしまうのです。このトリガー依存は、実際の薬理的依存性よりもずっと深く長く続きます。

この現象をお酒に例えると、ビールや発泡酒に相当します。ビールは飲酒経験を持つ人なら夏になると必ず一度は飲みたくなります。それは夏の暑い日に爽やかで刺激的な喉越しというトリガーを体験しているからです。そのトリガーのあと、炭酸によって吸収力が飛躍的にアップしたアルコールが急激に肝臓〜血中に吸収され、軽い酩酊を感じます。
アルコールの度数は低いのに、毎日飲まずにはいられなくなる、いわばゲートアルコールの役目を果たしています。
フィルターを通して限りなく濾過された澄んだビールほどそうなります。

市販の(工場製造の)シガレットの場合はさらに輪をかけて、このトリガー刺激が非常にうまく調整されていて、特にフィルター付きタバコの気管〜肺刺激感覚は、シャグやパイプ、シガーのそれに比べて、こう言っては語弊もありますがかなり心地よく依存性の高いものになっています。

フィルター、香料、添加物、薬品などで実によく計算され調整されていて、深呼吸〜気管支刺激のトリガー刺激だけでもかなり依存性の高い状態を作り出すことができます。それを補完するのがニコチンの吸収速度であって、実際にはニコチンなど微量でも構わないのです。いや、微量であればあるほど、喫煙者はそれを求めずにはいられなくなります。足りないから。それでニコチンが0.1mgであっても確実に依存性を持つものになっています。
シガレットのヘヴィスモーカーでもパイプを一度吸っただけ(しかも口腔内喫煙)でニコチン酔い(急性ニコチン中毒)を起こす人がいるのはそのためです。



このことを踏まえれば、紙巻きの依存性の高さと、スニッフ(嗅ぎタバコ)、パイプ、シガーの低い依存性との比較がよく理解できると思います。
スニッフにも軽い身体的依存(頭痛や倦怠感、喉が渇くなど)がありますが、精神的依存性はシガレットよりはずっと弱いのです。
スニッフはトリガー刺激はシガレット並に強いですが、鼻腔内ニコチン吸収の速度が肺ほどには速くないため、トリガー連携がシガレット肺喫煙ほど明確ではありません。

パイプやシガー(葉巻)はさらに緩やかであり、身体依存性は皆無であり、精神依存性についてもアナウンスされているものよりもずっと小さくて済みます。



もしもシガレットで禁煙できずに悩んでいらっしゃる方がいるのなら、無理なくニコチン依存症からフリーになる方法があります。

それはまず、今すぐ肺喫煙をやめることです。
肺喫煙をやめるためには、強いタバコに替えます。
シガーに変えられるのであれば理想的です。

もしもシガレットのままでしたら工場巻きのシガレットをやめて、RYO(手巻きタバコ)に変えます。
これで燃焼剤や添加物の入った有害な巻紙とサヨナラすることができます。
そしてできれば無香料無添加の葉を選ぶことです。
これで「吸いたくてどうしようもない」という衝動からは完全に逃れることができます。
タバコの呪縛から離れ、自由に喫煙の楽しみを味わうことができます。
禁煙したいと思えばすぐにできます。

シガレットとパイプやシガーが身体に与える影響の違いは他にもあります。
パイプや煙管は咳を止めてくれるのに、紙巻きタバコは喉や気管を痛める。
パイプやシガーは頭脳を明晰にしてくれるのに、紙巻きタバコを吸うとその後どうしても吸わない時にアタマが働かないなど。。。

ファクターは肺喫煙と口腔内喫煙だけではなさそうです。
シガーなどは価格の問題もあるかもしれません。
熟成によるニコチンや成分の変化もあるのかもしれません。

お酒と同じです。熟成を重ねた良い酒は依存症になることは滅多にありません。
しかし工場で作られた安い添加物だらけのお酒やエチルアルコールに近いお酒は度数に関わらずあっという間に依存症を作ります。

工場巻きのフィルター付きシガレット+肺喫煙は確実に身体的依存を伴います。精神的依存性もパイプやシガーに比べてかなり重いです。
ニコチンやタールの多寡には全く関係なく。

余談ですが、日本のビールは現在アルコール度数5%ほどです。これを半分の2.5〜3%にすればもっと売上は伸びるはずです。

2014年7月1日火曜日

tobaccoの薬理作用に関するメモ(序)

学生の頃にtobaccoを覚えてから約15年ほどの間、僕はヘヴィが付く喫煙者でした。

tobaccoを覚えて2年もしないうちにパイプに手を出し、それから喫煙している間、一度もtobaccoをやめようと思った事はなく、自分は一生tobaccoと付き合って行くんだろうなと思っていました。

ところがある朝起きた時に「あ、tobaccoを吸うの、やめよう」と突然思いました。
そしてその日から15年間、一度も「吸いたい」という衝動は起きず
このまま自分は一生tobaccoとは無縁に生きていくのだなあと思っていました。
そんな訳で約15年間の完全禁煙生活を体験しました。

禁煙(断煙)はさほど苦労しませんでした。
あれほど耽溺していた(様に見える)タバコへの衝動は一日目にあっただけで、次の日からはほとんどどうでもよくなり、3日目にはすっかり忘れてしまうのです。

ニコチン依存症がどうとか言われますが、セブンスターやゴールデンバットを一日に20本以上吸っていた自分でも「やめよう」と思い立ってからそんなものを感じた事は一度もありません。

tobaccoを嗜む生活は楽しいものです。
でも、一方で、tobaccoとは無縁の生活も実に素晴らしいものでした。


2014年、とあることがきっかけで喫煙を再開しようと思い立ちました。
再開した理由についてはまた後で書きたいと思いますが
禁煙した時とは全く違い、再開のためには長い逡巡と、小さくない決断力が必要でした。



ともかく喫煙と禁煙に関して非常に多くの体験と教訓、そして知識を得ました。
メリットもデメリットも、文化や歴史や薬理や嫌煙権、陰謀論まで。

禁煙期間も今も、世の中の嫌煙権主張のあまりのヒステリーぶりに閉口し、同時にところ構わず吸いさしを持った手を振り回したりクルマの運転席からのポイ捨てに怒りや切なさは感じています。
しかし嫌煙権のおかげで分煙が進み、喫煙者のマナーが少しずつ良くなっている事は歓迎すべきことだと思います。

やはり人はむやみにタバコの煙を撒き散らしてはいけないし、自分の意思に反して煙を浴びるべきではないのです。

ちょうどいい生きやすい世の中ができる前には、必ずどちらかに針の振り切れる堅苦しい時期は必要なものです。嫌煙の方に針が振りきれた今だからこそ、やっとより良い喫煙とはどうあるべきか喫煙者自身が考え始めたのですから。

心配しなくてもtobaccoはこの世からなくなりません。
世界中の歴史上、何度も禁止されかけてはくぐり抜けてきたtobacco。
未来はもっとこのtobaccoが人類の役に立つ日がやってくるでしょう。

そのためにも、そろそろこの何千年にも渡って人間と共存してきた煙の出る葉っぱについて、正しい知識と見識を持つべき時に来ているのではないかと考えています。

特に今、広く伝播されているニコチンの薬理や依存性、害といわれるものについてはかなりの誤解と誤謬があると考えています。
ここがほんの少し解けるだけでも、喫煙者も嫌煙者も、少しは気持ちがラクになってくるのではないのでしょうか。

そんな気持ちを込めて、僕が知り得たtobaccoの本当の薬理と害についてメモしておこうと思います。

参考になるかどうかは分かりません。
また、これから書く事は個人的経験と常識、託言および仮説によるものであり、科学的医学的に証明されたものとは限りません。
また喫煙を擁護したり奨励するものではありません。
もちろん喫煙を否定するものでもありません。



2014年4月12日土曜日

パイプの本

左)ダンヒルだばこ紳士(The gentle art of smoking)
アルフレッドダンヒル著、團伊玖磨訳(1967)右)パイプ大全(第三版)日本パイプクラブ連盟編   

初めてパイプを吸ったのは学生の時。その頃は本当に吸い方を知らず、教科書もなく、一吸い毎にライターでパイプを焦がし、挙句、舌焼けばかりしていました。
そんな極東の片田舎の若造に当然パイプなど似合うべくもなく、周囲からは奇異の目、強い匂いは迷惑以外の何物でもなく、いつしか紙巻に戻ってしまっていました。

それからもしばらくは断続的にはパイプをやっていましたが、完全な禁煙とともにすっかり遠ざかっていました。

写真左側の本は、僕がアルファロメオと共に最も敬愛するドライバーズファッションブランドDunhillの二代目総裁アルフレッドダンヒルが、パイプ研究家、パイプ&タバコ業者としての知識を総動員して書き、日本を代表する作曲家の一人で、熱烈なパイプ愛好家でもあった團伊玖磨がイギリス留学中に出会い訳した輝かしいパイプのバイブルです。

絶版となって久しく、残念ながら今は手に入りません。1967年の初版本で後年古本屋で買い求めたものです。
イギリス人らしい深い考察と研究に基づいておりとても味わい深い本です。

右は最近買った日本パイプクラブ連盟のパイプ大全です。
内容的にはダンヒルの著書の方が深いですが、版を重ねる毎に内容が新しく更新されておりこれ一冊でパイプのことはほぼ分かるようになっています。

15年間の禁煙を破り、思うところあって喫煙を再開するにあたり、最終的にパイプを選び、一から勉強しなおすつもりでこの2冊だけは繰り返し読んでいます。