「余市」は日本を代表するシングルモルトウイスキー、ニッカ創始者竹鶴氏の酒造りの哲学を感じさせるウイスキーです。
スモーキー、ピーティ
濃厚
フェノール、カスク香
重厚さ、力強さ
バニラ香
フルーティさ
塩味
ウイスキーに欠かせない全ての要素をバランス良く持った稀有の存在です。
「余市」を飲むたびに、これ以上のものは要らないなあとつくづく感じます。
「宮城峡」が女性的なら「余市」は男性的なウイスキーと言えるでしょう。
しかしこのピーティな余市を始めとする濃い味わいのピュアモルトが日本人に広く支持されるにはずいぶんと長い年月がかかったように思います。
その先祖というか露払いというか、そういう役目を果たしたモルトウイスキーがあります。
日本でピュアモルト(大麦麦芽だけで蒸留〜熟成された、グレーンを混ぜないウイスキー)のウイスキーが販売されるようになったのは比較的新しくて1980年代です。
1982年頃にニッカから「シングルモルト北海道」が、続いてサントリーから1984年に「山崎」が発売されます。しかしこの頃はまだ日本ではブレンデッド全盛の頃で、また二つともかなり高価だったこともあって全くと言っていいほど認知されていませんでした。
それどころか「モルト」という酒の概念すらよく知られておらず、「山崎」のCMの名コピー「何も足さない、何も引かない」はアンチ派をして逆に「やっぱりサントリーは今まで混ぜ物だらけだったか」と邪推させてしまうような始末でした。
ニッカ「シングルモルト北海道」に至っては認知度はほぼゼロ。僕も存在は知っていても実物は一度も見たことがありませんでした。
まあそれでも今日の日本のウイスキーの「モルト」全盛のきっかけを作ったのはサントリーの地道な宣伝啓蒙のおかげといって間違いないでしょう。
一方、誰でも飲める安くて旨いモルトを日本で初めて作ったのはニッカです。
その名も「ピュアモルト」。
1987年発売で、僕も発売と同時に酒屋に走ったのを覚えています。赤、白とあって、確か後から黒が追加発売されたような記憶もありますが…3つ一緒だったかな、記憶が定かではありません。とにかく赤と白を抱えて帰った憶えがあります。
第一印象は、「濃い!強い!きつい!」でした。スモーキーでピーティー、
とにかく今まで飲んでいたブレンデッドのウイスキーとは別物で、香り、味の全てが濃厚でコントラスの強いものでした。
特に白は当時はアイラ・モルト(スコットランドアイラ島で作られるウイスキー、ピーティで個性的なウイスキーが多い)をバッティングしていたらしく、ピート香が当時としてはあり得ないほど強かったのでした。
一本(500ml)を空けるのにずいぶんと長いことかかりました。
これでは売れなかったと思います。
それでも飲みなれるとその力強さと味の濃さの虜になり、その後しばらくはウイスキーといえばモルトしか飲めなくなってしまった時期が長く続きました。これのおかげか知りませんが正露丸風味のラフロイグを初めて飲んだ時にも「美味い!」と素直に思えました。
その草分け的な「ピュアモルト」がやがて「余市」「宮城峡」に発展していきました。
《その他に「オールモルト」(「女房酔わせてどうするつもり?」という中野良子、田中美佐子、石田ゆり子らのCMとコピーで有名)や「モルトクラブ」というウイスキーもありますが、この二つはは若干伝統的なモルトの作り方とは異り、厳密にはブレンデッドウイスキーの部類に入ります》
ピュアモルト「黒」は「余市」と、「赤」が「宮城峡」と似ています。
「白」だけは現在、該当する商品がない感じです。やはりアイラ風味に振った味わいは、ジャパニーズウイスキーとしてはやや受け入れられ難いのかもしれません。
ちなみに「竹鶴」は「余市」と「宮城峡」のバッティングで、余市をまろやかにしたような味わいです。
ともかく「余市」ですが、芳醇な香りとアイラ的な力強さの両方を兼ね備えています。
「ノンエイジ」はウッディで力強さが際立ちややアルコールの角が残り男っぽい味わいが身上ですが、余韻のバニラ香がとても強く、気が付くと引き込まれてゆく深い味わいを持っています。特にハーフウォーター(ウイスキーをその半分以下の量の水で割る)ではパッと香りの花が咲いて、廉価版とは思えないほどです。
「10年」はややアルコール度数が高いのですが、逆に飲みやすくなっています。
アルコールの角が取れてまろやかになり、滑らかで甘く、フルーティさがやや出てきており、芳醇で心地良い余韻がいつまでも続きます。ただしバニラ香と潮味は少し弱くなっています。
味わいや余韻は明らかに10年、12年と経つに連れて深まっていきますが、ノンエイジが劣っている訳ではなく甲乙つけがたいところがあります。個人的にはノンエイジのはっきりとした味わいが好きです。よく売れているスコッチモルトの12年ものにも負けてないと思います。
ウイスキーはモルトにせよブレンデッドにせよ一般的に熟成年数の多いウイスキーほどストレートの方が美味しく飲めるのですが、熟成が足りずに不味い酒はロックや水割りにしないと飲めないようなところがあります。
その要因は「アルコール臭さ」にあると思います。刺激臭、刺すような味、そしてピートやスモーキーとは違う薬臭い苦味というようなものが残っているものです。
これが樽で長年熟成されると、不思議に和らぎまろやかで甘くなっていきます。舌に乗せ、それが喉に滑らかに落ちていく時の芳香、味、余韻が全て好ましく思えるようになるのです。
ところが「余市」や「宮城峡」はノンエイジから既に「アルコール臭さ」の嫌味はなく、独特の個性と強さを演出しています。そして10年、12年と熟成を重ねるに連れて、まろ味と長い長い心地良い余韻、後味が加わっていきます。
これこそが真面目な酒造り、美味いウイスキーの特徴です。
山崎が万人のためのウイスキーの完成形だとすれば、余市はウイスキー好きのための「ウヰスキー」、その完成形の一つと言えると思います。
ウイスキーの味に慣れてきたら、ぜひ試してみてください。